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週末に近所のレンタル屋さんで半額キャンペーンをしていたので、何本か借りてきました。親が見たがってた綾小路きみまろや昔の漫才系。それと伝記系の映画。その中の1本が、今日紹介する『マザー・テレサ』 実は名前と名言的なものは知ってたんですが、何をした人かって点は、かなりいい加減にインプットされていました(汗) ちなみに、私の中でマザーは修道院の女性ではなく、看護師。しかも戦場の前線にある仮設病院の看護師で、敵味方に関係なく施したことから、後々、皆に愛された人って感じにインプットされてました・・・なぜ、そんなことになってたのかは思い出せませーん(汗) さて、この映画で私が気になったのは、マザーの愛の力や行い以上に、それを取り巻く様々な人たち。そこに人間社会を垣間見た気分です。マザーの愛に触れ、マザーのようになりたい、マザーの力になりたいと、ただただ愛と感動で動いた人。マザーの活動、活躍を知り、それにあやかりたいと賛同した人(映画では最後に出てきた組織を守ることを中心に動いた人々)。自分の立場や私利私欲だけで動いた人々。そしてマザーに救われた人々。 ボクは、まだ守られてる(救われてる)だけの人ですねえ。正確には「守ってもらってばかりなので、ボクも誰かを守りたい」って域にある感じでしょうか。あなたはどうですか? 最後に、映画のエンディングで流れていた言葉。マザーと共に活動していた人たちが、マザーの死後も語り継いでいるというシーンで出てきた言葉を紹介しておきます。 「絶望のあるところに 希望を届けよう」 「悲しみのあるところに 喜びを運ぶの」 「慰められるよりも 慰めることを」 「理解されるよりも 理解することを」 「愛されるよりも 愛することを」 「与えることは 与えられることだ」 あと、映画では使われていない言葉ですが 「愛の反対は憎しみではなく、無関心」 人気Blogランキング(このリンク)をクリック(投票)して頂けると、 更新の励みになります。 |
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こんばんわ。マザー・テレサもガンジーも、みんな、
人間力の凄さを感じます。何かを大成する人の底力のような 原動力はどこから来ているのか、人の可能性は、そこから 始まっているように思えてなりません。 その原動力を私も、日々これ修練で養って行きたいと、 希望を持って生きたいと改めて思っています。 「与えることは与えられること」わたしも与えてもらって ばかりのような気がします。「教えることは教わること」 は、本当にその通りだと思う今日この頃で、後輩達に教わる ことも多く、抜かれてるな〜なんて思うことも。 でも、そう思うことで、さらに精進したいなと思えるので やっぱり、教えていても、教わることの方が多いような気が しますね。寒いですから、風邪をひかないよう、お互い、気を つけましょう〜。 確かに、マザーテレサやガンジー、日本でも幕末には多くの人が・・・。これらの人が共通して、動かされているという感じの発言をしているように思います。
自分のためという我欲(=利己)でなく、利他となり、自分が動こうとするとき、何かの力(真理や信念?)に押されるような気がします。 ただ、最低限の自分のことは自分で出来るというのが大前提ですけどね。自立も人に迷惑をかけないという考えであれば、立派に利他だと思いますしね。 |
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